神戸新聞 2007年6月27日(水曜日)夕刊 随想 4

空気の眺め方        
 
 私にとっての展覧会場という表現の発表の場は気づきの交換の場であってほしいと思っています。送り手は思いや気付きを形に作り伝えようとし、受け手は受信した何かを体の中で作り直す事で気付きを完成します。
 1993年岡山市内に自由工場というアーチストが自主運営する多目的アートスペースが立ち上がりました。そこは様々な人達が表現する場としてしばたさんならここで何をしますか、と投げかけられました。それからの何日間はただそこの空気を眺めて表現の発芽を探していました。
 私はここで作り出されるものは塵やほこりということに行き当たりました。日々ここに降り注がれるように見える塵や埃はこの限られた空間と時間でしか作り出されない証拠の品のように見えてきました。それが私の気付きの始まりです。
 掃除をして集めた塵や埃を私は絵の具の顔料とし、この空間の証拠を刻印にするための手段に版画を選びました。銅版の上にローラーで油を塗り、その上に塵や埃を降り注ぎます。湿らせた用紙を上に置き、銅版画のプレス機でじっくりと用紙に塵や埃を食いつかせて行きます。その限られた空間と時間の証拠としての版画はダストプリンツ(ホコリの版画)と名付けました。
 会場でダストプリンツを制作し展示していましたら、来られた女性が、「始めは何を汚い事をしているのかと思ったけれど、掃除するたびにこの事を思い出すでしょうね。これからは空気の見方も変わるわ。」と言って下さいました。
その女性は私のメッセージを軽々と受け止めてご自分の中で私の気付きを自分の気付きとして完成されたようです。気付きの授受が行われた美しい瞬間でした。
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by yurishibata | 2007-08-01 10:03
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