神戸新聞 2007年8月28日(火曜日)夕刊 随想 8

術を探す旅  

私はそれがどういう事を意味するのか解らないまま、単なる感で、美術の方に進むな、と思ったのが小学校の5年頃です。学校の勉強も先生の言われる事もほとんど解らず悩める頃で、ただ美術の時間だけがリラックス出来たからでしょうか。当時尼崎に暮らしていた私は、京都の方向に指を指して、絵ばっかり書いていたらいい大学があるらしいと自分の未来を語っていました。
その頃私が知る芸術は印象派のゴッホやマネです。光のゆらめきや色の持つ力を絵の具で表現するその魅力に憧れました。
 理科で光の反射を習った時、色を感じるとは、その色を見ているのではなく、赤の光だけ反射している光を見ているから赤に見えると学びました。理解力の少ない私には鵜呑みにすることですら難しいことでした。スーラが点描で川辺の風景を描き、色と光の関係を表した事を同じ頃知りました。点描の色の粒達が目を通って脳で混ぜられる?という道理に、私はその事が不思議で目の中の網膜や光の粒、脳について深く感じるようになりました。そして私の周りの世界が粒となって見えそうな感覚にひたりました。
 そういう感覚が好きで美術の仕事が出来る事を私は望んでいたと感じます。この事は私にはとても大事な事で今の作品に底通している感覚と言えます。そのような中で私にどんな表現の術=アートがあるのか、私はその時のひっかかりの解決策として作品を作って来たと言えます。
 この随想も8回の最終回。自分の思う事を見据えて文字で伝えるという、私には始めての経験を与えて下さった事に感謝致します。私の随想を5年生の私が見た時、進路について考え直すのかどうかこれからも私は表現の術を手探りし続けて行くようです。
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by yurishibata | 2007-11-19 22:00
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